今、橋下徹大阪府知事、大阪維新の会の足下が揺らぎ始めているといっても、過言ではないであろう。

通常、学校や関係機関との協力関係を重要視するPTAが、会長などの役員連名で時の政権が提案している条例案に対して、改善・撤廃の嘆願書を出すことは異例のことである。
それだけ、普通の保護者が読んでも、違和感と問題性を感じる条例案なのである。

私が10月15日付けで書いた記事で指摘した「教育基本条例案」の第10条であるが、やはり誰が読んでも、上からの押しつけと不快感を感じるものなのである。
また、嘆願書は第5章の第2条の5、「児童生徒の保護者も、部活動を初めとする学校運営に参加するなど、主体的に積極的な役割を果たすよう努めなければならない。」という条項にも触れている。
前回の記事では、私はコンパクトにまとめるためにこの条項には敢えて触れなかったが、この文章も「親は学校のすることに協力しろ」と強要していると読める。

子どもを中心によりよい学校を作るために、教師と保護者が協力し合うことは当たり前の話である。実際に学校に行って手伝う場合もあれば、家庭で「先生の言うことはしっかり聞けよ」と子どもに助言することも、大切なサポートである。
あるいは、よりよい教育を巡って学校と保護者の意見が食い違い、議論になることもあるだろう。しかし、それも子どものためを考えての話し合いであれば、最後には必ず一致点を見いだし、教師と親の関係性は更に強くなっていくのである。
そのようにして、2者が協力して学校を作っていくことが、戦後の新しい教育の根本精神の一つなのである。

それが、なぜ今回の「教育基本条例案」が親の不快感や反発を引き起こすのか。それは、条例というものを意図的にか(無意識にか)保護者を縛る「道具」としても使おうとしているからである。その意識が「〜ねばならない」という文言の列挙になり、読んでいる親に不快感を感じさせるのである。

そもそも、条例などの「きまり」は人を縛るためにあるものではなく、他人同士がお互いの権利を尊重し合いながら、共存できる社会を作るために制定されるものである。これが戦前とは違う、日本国憲法の下での法体系の思想である。そもそも、憲法も国家が国民を縛るためのものではなく、国民が国家の暴走を統制し、平和的に生きていける国にするために制定されたというのが、現在の憲法学の定説である。
だからこそ、憲法前文の主語は「日本国民」であり、決して「日本政府」ではないのである。

ところが、「教育基本条例案」の前文では主語は「教育行政」になっており、それにこれまで「民意」が反映されてこなかったとしている。その「民意」と「教育の中立性」と「政治」という言葉を巧みにすり替えて論理を組み立て、「議会」が条例を制定することで、「教育」に関与することは問題ないと結論づけている。
上記の前文の論理は、自己矛盾を起こしている。「教育の中立性」とは「特定の政党を支持し、あるいは反対するための政治教育」という狭い意味ではなく、政権がどのように変わろうとも「普遍的で民主的な社会の形成者」の育成のために行わなければならないという意味で使われてきたものである。

今回の条例案は、大阪府議会で第1党の大阪維新の会が作成、提案している。ということは、次の府議会選挙で民主党が第1党になれば、また別の条例が作成、提案され、教育の目標が変わってもかまわないということを、自らの行動で認めていることに等しい。これが「政治による教育の支配」なのである。
つまり、彼らの言っている「民意」とは「大阪維新の会」の教育観のことであり、だからこそ、その代表である橋下知事は教育委員会への出席を強く要望してきたわけである。
保護者は自分の大切な子どもと学校を、橋下知事と彼を支持する一地方政党が、彼らの思い通りに支配しようとしていることを肌で感じ、不快感を表していることに彼らは気づかなくてはならない。
大阪府民は、決して「馬鹿」ではない。橋下知事・大阪維新の会の狙いを理解し、反対しているのである。

ところで、条例案では「第9章の第48条で「この条例は、府の教育に関する最高規範である。」として、「大阪府教育基本条例案」の最高規範性を定めている。しかし、この条例が適用されるのは、第1章の第4条で定義されているように、「公立高校」や「公立小学校・中学校」のみである。つまり、私立高校にはこの条例案は適用されないのである。
それで、「府の教育の最高規範」と言えるだろうか。これでは、条例の体裁さえ整っていない「愚案」と言わざるを得ない。

このたび嘆願書を入手したので、是非多くの方々に府立高校に子どもを通わせる保護者の思いを知っていただきたく、ここに紹介したいと思う。私立高校に子どもを通わせている方も、最後に「教育基本条例案」へのリンクを張っておくので、一度読んでいただき、これが議会を通れば、大阪の公立学校がどうなっていくのか考えていただきたいと思う。
公立で起きていることは、そのうち私立高校でも起きることになる。
今回のことは、大阪府で子育てをしている保護者みんなの問題だと考える次第である。

平成23年10月19日
大阪維新の会 様

大阪府立高等学校PTA協議会会長・副会長・書記・会計・幹事・会計監査

嘆願書

先日来マスコミ報道で大阪の「教育の場」が慌ただしく報じられております。
「大阪維新の会 大阪府議会議員団」の「教育基本条例案」についてです。
私たちも大阪の子どもを府立の学校に通わす保護者として、この条例案を何度も何度も読み返してきました。
この条例案を読めば読むほどに条例案の改善・撤廃をお願いしたく府高PTAの役員総意の元で作成しました。当然、私たちは政治について意見を言うつもりはありません。
ただ、政治の道具であってはならない「教育の場」です。

子ども達が大人へと成長(自立)していくことはやがて「大阪の未来を豊かに」することとなります。どうか、こころ暖かく考え接し見守っていただきたいと思います。
多くの人たちによってまとめ作成しました嘆願書です。
よろしくお取り計らいのほどお願いいたします。

1. はじめに、私たちの生活上で聞き慣れない、言いなれない言葉があります「努めなければならない」この言葉をいろいろな方々に解説を尋ね聞きました。
非常に強制力のある文言のように思います。不快な気持ちにさせられました。

「児童生徒の保護者も、部活動を初めとする学校運営に参加するなど、主体的に積極的な役割を果たすよう努めなければならない。」

当然、愛する子どもたちです。少しでも子どもたちと接したいと思うのは私たちだけでは無いと思います。ただいくつかの問題点があります。
ご存じのように経済が今までにない程の不景気で家族を守ることが至難の時に、まして変動しての勤務時間帯の中どうして計画的に学校に通うことが出来ますか?部活は週1回?子どもが2人・3人いたら?介護を必要とする家は?

(わが子可愛さで参加した場合)ここでは運動部について集約してお話しします。
(1)子ども(生徒)は高校生です。運動部についてそれ相応に過激で高等なレベルです。指導?技術?責任?教育?保護者はどの部分に参加?主体的に積極的に何の役割を努めなければならないのかお教えください。
(2)(1)の指導・技術は自分の経験等で事が成せるかもしれません。ただし若さの残っている体力のある保護者に限られます。
(3)現在、府高P事務局(138校)から毎日のように部活での怪我の報告があります。
単なる怪我(一週間完治)程度ならよしとしても、補償問題・裁判沙汰等はあり得ないのでしょうか? この時の責任は・・?
(4)部活動は学校教育の一環として認識しておりました。大人への成長していく中で共に目的意識を持ち協調性を持っていく中での部活動は楽しい青春時代を送るなかでも勉強・友だち・と同じく大事なことと認識しています。

(第10条)の文面
2. 「保護者は、学校教育の前提として、家庭において、児童生徒に対し、生活のために必要な社会常識及び基本的生活習慣を身に付けさせる教育を行わなければならない。」

学校に通わせる前に社会常識?もしくは基本的生活習慣を? 私たちの高校生時代は悪さもし、色々な方々から叱咤激励され今日があります。でも、それは私たち以外にもたくさんおられると思います。(花壇に種をまき直ぐに葉・花を咲かせることが出来る花は優等生? 時間がかかったり結果がおぼつかないのが劣等生?)

先日ある学校の特別支援教育の状況を見てきました。発達障がい、アスペルガー症候群、ADHD、他人とうまくコミュニケーションのとれない子どもたちどうしたらよいのでしょう?ちょっとした問題行動でさえ、親が責められていくのでは・・。
私達は子どもの持っている色々な芽を柔軟にみつけ育(はぐく)み育(そだ)てることが最も大事な教育と思います。

保護者と学校の関わりは、非常に大事と考えますが、でもこうなると、私たちの仕事・ここの家庭の事情がどうしたら良いと?私たちの年齢の中には親の介護の方も数多くおられます。また、保護者自身が、部活動に協力出来ない場合を考えますと保護者同士の格差が生じトラブルに発展していきます。他にはPTA予算を通しての外部団体に委託するという方法もあります。当然相当な高額になっていきます。

大阪は庶民の町です。いろいろな意見があるからこそ「おおさか魂が栄えた町」と考えます。橋下知事の一方向だけが『大阪の教育』と決めてしまうことはこわいことです。

以上、保護者にとってこの条例が通ったら、どんなことになってしまうか。「こんなんやったら、あほらしゅうて、ウチの子を大阪府立高校に行かせるのはやめとこか」「部活動に入らさんとこか」といった気分が強くなっていくことが多々見られると心配です。
未来の大阪の教育をキチンと選択して子どもたちの可能性を広げていっていただきたいと強く強く思います。

大阪府議会に提案された「大阪府教育基本条例案」の最終案(大阪維新の会作成)